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色は私が決める。 機械が決めるんじゃない。
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多摩川の土手に出てみたら、一面のだいこんの花、花、花。

夢中になって撮って、ネガフィルム1本分を花で消化し、
そのまま駅前のDPEステーションに出してみた。

何も考えないままに…

ところが、色が変。
M被りしてるし、暗い。

使い慣れないツァイスのせいか、Centuria(コニカミノルタ)のせいか、
と勘ぐってみたけれど、心当たりがイマイチない。
写真を見せた友人がそこへ一言。

「DPEステーションの機械のせいじゃない?」と。

もう、 あっ。

って感じだった(笑)。

DPEステーションでは、すべてが自動化。で、出しっぱ。
ハイキーな写真を撮ったつもりが、自動補正のせいで、
すべてがおかしな方向へ転んだのだと思う。

いつもだったら偶然の産物のそのあたりを楽しむところなのだが、
今回はなんだか、撮影時に出来上がっていたイメージとの違和感がぬぐえなくて、
その色や明るさに納得がいかなかった。

昔はそれでも気にならなかった。
写真をとったらDPEステーションに持っていくのが当たり前だった。

写真を撮る以上、リタッチャーとして仕事をしている以上、
色は私が決める。機械が決めるんじゃない。

自分の写真には不用意でいてはいけないのだと、恥ずかしくも学んだ出来事だった。
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by fotalk | 2007-04-28 07:42 | 雑記
今日しか出会えない景色に
f0085650_11173216.jpg今日にしか出会えない景色に、
いくつ出会えるだろう。

今日の光、
今日の空、
今日の私、

カメラは私と世界を繋ぐメタファとなる。

私の前を通り過ぎるどんな要素も
ちょうど良く足りて、

調和し、融和し、飽和する。

カメラの前になくて、
写真の前にあるものを写すのが私の理想。
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by fotalk | 2007-04-22 08:43 | 雑記
日中シンクロクラブ
昨年7月に女子ライカ部の活動を書き込んだのだが、
あの会はあれっきりで、休眠状態に陥ってしまった。
諸事情があってのことなのだが、
今はまた本家、雑誌PHaT Photoだけでのお楽しみとなっている。

だからというわけではないのだが、少し前に
「日中シンクロクラブ」という部活を始めた。

というと必ず「え、シンクロ(ナイズドスイミング)始めたの?」
と聞き返す人がいるので、あらかじめごく簡単に説明すると、

昼間の明るい時間に、日差しのあるの中で行うストロボ撮影技術

のことを、日中シンクロ撮影と呼んでいる。
日中シンクロクラブは、その技術に特化した部活なのである。

記念すべき第1回は、決定的な失敗をした。
先生と私。しかいないのだ。

あれ、モデルは?

しかたがないので、しょっぱい顔をした先生を立たせて撮影をする。

ちなみに、先生は知人の写真展で知り合ったフリーの写真家風物書きである。
その先生がヤワな男で、
北風が寒い、とすぐに泣きそうな顔をしたので、
私は仕方なく、乾風に揺れる先生ご自慢のLeica M8を撮影することにした。

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日中シンクロの技術は、人物に用いることが多いが、
無機質な物体でも、なかなかよい趣が得られることがわかった。

ちなみに、M8は早々にバッテリー切れとなっていたので、
被写体としてしか存在意義はなかったはずだ、、と言い訳。
我ながら、Leicaの扱いとしては、かなり酷い方なのではないかと思う。
そんな自分は、女子ライカ部員の末席にもおいてもらえないのではないかと密かに危惧している。

初回と言うこともあり、先生はまじめに「授業」をしてくれた。
でも実は、日中シンクロクラブの会合は、
特別な撮影なんてしなくてもいいと思っている。

シンクロナイズドでも、シンクロニシティでも、なんのシンクでもよい。
魔訶不思議な出会いと盛り上がりの中で、何かと何かがSyncすればよいのだ。

先生、暖かくなってきたので、もうそろそろ次回を。
今度は誰かがモデルになれる3人以上でやりましょう。

日中シンクロクラブは、日が沈むと「スローシンクロクラブ」に切り替わる。
主に居酒屋でゆるゆるとシンクロする会、
などでは決してないと、あまり言い切れないのは先生のせい…

 
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by fotalk | 2007-04-06 23:34 | 雑記
過激な毎日
ここ数ヶ月、広告印刷過程のレタッチの現場で、
気を許すと呼吸をするのを忘れてしまいそうな、集中する日々を過ごしている。
めったに病気しない、丈夫な身体に生んでくれた両親に感謝しながら。

広告とは、「今」が結晶化されたもの。
かかわる人すべての英知と技術が注ぎ込まれた「今」が、あらゆる業界から私の手元に届き、去っていく。
その流れに身をおいていることが、なんとも気持ちいい。

しかし、暖かくなってきたので仕事中もカメラ担いで外へ飛び出したくなり、うずうずする。
とうとう我慢できずに、貴重な昼休みを撮影にあてることにした。

道端でおにぎりをほおばりながら、G1にベルビアをつめる。
ながらの食事はやめなさいって怒る母の顔を思い浮かべつつ、やめる気はない。
昼になるとダッと外へ飛び出す私のことを、会社の人たちは怪訝そうな視線で見送ってくれる。

あまりにエキサイティングな毎日に、つい自問自答する。

  私の人生はうまくいってるか。
  これが私のライフスタイルなのか。

答えは保留中。
刺激的な毎日は大歓迎だけど、おなじくらい穏やかな生活も求めている。
どうやら私の欲張りの振幅は、他人よりも大きそう。

走りながらじゃないと見えてこないこともある。
自我を忘却するほど熱中する何かというのは、突然訪れるものなのか。
ずっと探していたはずだったのに、その時には寄り付いてくれなかった。

まず、私を納得させる写真を撮ろう。


チャンスは意識の尖端にある by M.フーコー
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by fotalk | 2007-03-24 08:47 | 雑記
ノマディック美術館リポート
日曜日からお台場で始まった
グレゴリー・コルベール展 Ashes and Snow
のノマディック美術館に行ってきた。
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まず、主催者にひと言いいたい!

会場、寒すぎます!

よく表現するなら「ワインカーブの中の様な」寒さ。長くくいると骨の髄まで冷える。
私の実感としては、スケートリンクで観戦してるほうがまだ暖かい。

あまりに寒くて一時退場し、日なたで一息ついて再チャレンジした。
これが、夜だったり日差しのない日だったら、暖をとる場がない。ひざ掛け貸し出しくらいすべきなのでは…。
でーんと大きな建物は神々しくはあるのだが、うーん、あの寒さは歓迎できない。
建築家のせいなのだろうか。

これから行く方、完全防寒で挑んでください。

内容は、やっぱり本当にすばらしい。
とくに、真ん中のゾーンでやっていた長い映像にうっとりした。

六本木にはなかった飛ぶ象や、鯨と泳ぐ映像を超大画面にて観ることができた。
ご本人が出演ということなのでとっておきだったんでしょうね、きっと。

ああ、ここに詩がほしいなぁと思ったりしていると、
渡辺謙の声で朗読が流れてきたりして、
グレゴリー・コルベールの感性にどっぷりと身も心もゆだね…


…たかったのだけど、
あまりの寒さがそうさせてくれなくて、
そういう時の身体的な不快感は、残念な限り。

寒さも何かの意図かと思ったのだが、
監視員さん(冷え込む中で一定時間たちっぱなしの彼らはかわいそう!)によると「空調はありません」とのことだった。
そう。エコがウリな展示。
でも、エコロジーを追求するあまり、観る人のための大切な何かを失ってるような気がしてしまう。

そういう点では、私の主観だが、六本木ヒルズの展示が格上だと感じた。
一列に並べられた境界線の石、ライティング、導線…、どれをとっても勉強になる。
たくさんの人に、両方とも観てもらいたいなと思う。

お台場は、もっと暖かい季節にもう一度チャレンジしたいと思う。


インフォ1
前回書いたワークショップの件は、結局計画がなくなってしまったみたい。

インフォ2
東駐車場の入り口には案内がなく、「あー!」と通り過ぎること必至。気をつけてください。
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by fotalk | 2007-03-12 09:13 | ぶらり、写真展に
東京タワー
霞食って生きてるわけじゃあるめぇし、
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という言い方があるんだけどね、ふふふ。仙人の食べ物は霞だったって知ってる?」

ただ人の私たちは、関西風の焼いただけのウナギをつついていた。
ツァイス研究家としてよく知られるT氏は話を続けた。

「君、仙人のように世を忍んで暮らす日本の影の実力者達に、
気象というものをどうとらえているか聞いてみたら。霞じゃなくて何を食ってるのかって。」

「私がどうやってそんな実力者に会いに行けるんですか。
第一、そんな失礼なこと聞けませんし。」

T氏のシュールな冗談を聞きながら、おととい東京タワーから見た景色を思い出していた。

雨上がりに霞む東京。
刻々とクリアになっていく空に沈む夕日が、それはそれは美しかった!
特別展望台で日没まで、いや、沈んでしまってからも色が変っていく空を眺めていた。

著名な雲の写真家と一緒だったし、
写真を撮っては、あそこに彩雲が、あそこに幻日が、とふたりで指差しながら、また写真を撮った。
気づいたら3時間近くが経っていた。

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(asさんとdaraxf7さんのエントリーに便乗して)
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by fotalk | 2006-07-05 01:02 | 空&雲
もどかしさの理由
少年は、駅の入り口にしゃがみこんでいた。
「すみません、話を聞いてください。」
カメラに目を留めた少年は、「ふられた記念に写真を撮ってください。」とも言った。

f0085650_1147133.jpgとっさに私に声をかけるあたり、
哀れを装うあたり、
彼にはおよそ現実味のない記念撮影を依頼するあたり、
むかつくほどのしたたかさを持ち合わせている。

昼間の蒸し暑さがうそのような、心地よい宵の空気だった。
目の前の自販機で缶コーヒーを買い、それで?と私もすわりこんだ。
自動改札から出てきた午前様の帰宅客が、おかしな取り合わせの二人を、ちらり、と見ていく。

相手の彼女の名前はマイ。
母親に彼のことを何でも悪いように相談する。
私が理解できたのはそこまでだ。

彼の話には、一人称がない。
彼女が自分以外の男とメールすることと浮気とが同義語となっていたり、
話の筋がイマイチわからない。
もうあきらめたといいながら、彼女を待ち伏せして駅にいる。
自分がどんな思いで、ここにいるのか彼自身が理解できないでいる。

  なかよかったのになんでこないの、幸せにするっていったのに
  なんで親にいうの、

彼女に宛てたショートメール。
私の携帯に残っている。

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by fotalk | 2006-06-28 11:57 | 雑記
瞬間ではない。
それは
たしかに瞬間の話なのだけど
英語ではthe Impassioned Eye

あれ、と思った。

アンリ・カルティエ・ブレッソンの「瞬間の記憶」を観てきた。
日本語の「瞬間」に熱情は伴うだろうか。

ImpassionedもEyeも瞬間も記憶も誰かが乗せ替えた言葉だ。
両者のイメージは全く違う。仏語を知りたい。

たとえば、有名な言葉「決定的瞬間」の原語ではどうだろう?

なんと、仏語→英語への誤訳であるという、
学芸員のレポートを発見。

瞬間と思っていた「その時」は、瞬間ではない…。
私は言語のふちを覗き込み、
異言語間の背景の思想や哲学の溝にはまり込んでしまったのだろうか。

もう一度映画を観ようと思った。

こんどは字幕にとらわれずに、
アンリの写真や音声、そして周囲の人たちの語るエッセンスに浸りたい。
写真、という共通言語で眺めていたほうが早いかもしれない。

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by fotalk | 2006-06-08 02:03 | 雑記
たどり着きたいどこかへ
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週末は教室の最終日だった。
クラス替えのない3年間というのは、考えてみれば生まれてはじめてのことで、
クラスメイトとは、さまざまな人生のひと時の機微を共有したと思う。

最後の課題は、10枚の組写真。
漫然と撮り散らかしてきた私のような人間でも、
明確に作品化を意識しなければならない課題だった。

10枚ずつスクリーンに映し出されるクラスメイト達の集大成。
驚き、言葉を失ない、らしさにうなずき、ハッとして、という連続で、
それぞれの3年という時間の圧倒感、圧迫感はものすごかった。
感謝と後悔と喜びと不安と愛情と嫉妬とが一度に襲ってきたような、変な気分だ。

写真に向き合うことは、自分への扉を開くことだということを学んだ。

あすから新講座が始まる。
みなさま、これからもどうぞよろしく。

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by fotalk | 2006-06-05 23:16 | 雑記